こんにちは、カレェちゃんです。今回も最近読んだ歌集について書きます。
萩原慎一郎『滑走路』角川書店
はじめて萩原さんの歌を知ったのは俵万智さんのnoteでした。
牛丼屋頑張っているきみがいてきみの頑張り時給以上だ
という歌で、なんて優しい歌を詠む人なんだろうと思いました。そして非正規雇用という境遇について多くの歌を遺している、ということで気になって歌集を購入しました。萩原さんはこの歌集を入稿したのち、自死なさってしまいました。
歌集には仕事について、恋について、自転車について、そして短歌について詠んだ歌が多く収録されています。
今日も雑務で明日も雑務だろうけど朝になったら出かけていくよ
非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている
シュレッダーのごみ捨てにゆく シュレッダーのごみは誰かが捨てねばならず
「雑務」「書類の整理」「シュレッダーのごみ捨て」と事務的な、日々の繰り返し以上のものがない業務を詠む歌です。短歌によって、どこかにいる同じ境遇の友と交信しているような感じがして、その友を励まして自分にも頑張れと言っているようです。
眠るしか選択肢なき真夜中だ 朝になったら下っ端だけど
夜明けとはぼくにとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから
「真夜中」がとても居心地が悪い日ってあるよなあ、と学生ながら共感しました。バイトの前日の夜、ちょっと憂鬱になったり早く寝なきゃいけなかったりでなんだか幸せじゃない気がする。今この時間は何にも拘束されていないはずなのに、社会への意識をうまく切り離せない。もし眠ってしまうと次に目が覚めれば何者でもない自分をいったん手放して、社会の中の役割を担わなければならない。そう考えると眠りたくないと思う日があります。
短歌に関する歌はたくさんあるけど、このふたつが特に好きです。
思いつくたびに紙片に書きつける言葉よ羽化の直前であれ
選歌され、撃ち落されてしまいたる歌という鳥 それでも放つ
短歌を生き物に例える萩原さんは、自分が生み出した言葉を信じているんだなと思いました。
一つ目の歌の「言葉」は短歌になる前のキーワードのことかなと解釈しました。きらりと光るフレーズを見つけては書き出して、31文字の中にどういう風にはめ込もうかを考えている、願わくばうまくいって「羽化」してほしいという歌でしょうか。言葉の無限大の可能性を歌った歌だとおもいます。
恋愛に関する歌は、真っすぐなものが多くて直視できないくらいまぶしいものが多いです。真っ直ぐすぎて少し照れてしまうようなものの中でも、ここに紹介するふたつの歌は気に入りました。
きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい
きみはいまだにぼくのこころが所有するプールのなかを泳いでいるよ
ふたつめなんかお洒落なMVとかのワンシーンにありそうだなあとかおもいます。
萩原さんは学生時代に部活動でいじめに遭い、辛い日々を送っていたそうでこの「雨の記憶」 はおそらくその時のことなのかなと思います。
生きているというより生き抜いている 心に雨の記憶を抱いて
屈辱の雨に打たれてびしょ濡れになったシャツなら脱ぎ捨ててゆけ
二つ目の歌の力強さがとても好きです。過去の辛い記憶と決別するのはそう簡単にできる事ではないと分かっているからこそ、この言い切りに勇気をもらえます。
以下好きな歌
あのときのベストソングがベストスリーくらいになって二十四歳
消しゴムが丸くなるごと苦労してきっと優しくなってゆくのだ
至福とは特に悩みのない日々の事かも知れず食後のココア
あのときのことを思い出し紙コップ潰してしまいそうになりぬ ふと
まだ行ける まだまだ行ける 自転車で遠くに旅はできないけれど
要するにみんな疲れているのだろう せわしき朝のバスに揺られて
けして夢あきらめぬこと 少年に告げる選手がわれには告げず